メッセージボードにも書いたことをふまえつつ。

以下。
「えうれか」
立ち上げたイチバンの理由。
「舞台上に余計なものは要らないの」
を実現していきたかった。
「要らないもの」とは「雑念」でしょう。「雑念」とは私利私欲ってやつです。
私利私欲があると、ひとは「癖」に逃げ、「癖」という無自覚は、芝居上の雑音となってしまう。
それが「ひらきなおり」になれば、「役」として使えるのかもしれません。

そもそも、私自身メンタルが弱い部分が露見して、なかなか「役」として居られない。
というか、仕上がりにばらつきがある。

「役」として「居る」なんて抽象的ですが、
いい舞台は、役者が舞台上で「役」なのです。
それは、一見してわかるもので。
ただ、スタートラインはそこから。

以前は「外側」からのみを穿とうとしていましたが、大劇場役者さんの鍛練には敵わない。
そこで、「身毒丸」からお世話になっている
Link Project「為国考和」さんのもと、メソッドを見直している昨今です。
今年7月の「奴婢訓」では少なかれ、舞台上の目標が……とっかかりですが見えてきた。


9月公演に携わって下さった役者さんは、私がお声がけをした皆様でして、
彼等と共にトライしたかったのは、自分自身に「集中力」があるか「打たれ強さ」があるか「舞台上での俯瞰視、つまり、何が出来ていて何が出来ていないか」という感覚と、それを克服する「具体的な課題」を常に持っていられるか、
というところでした。

劇団というかたちをとらずに、舞台を提示するとなると、役者の姿勢にばらつきが出るのも当然です。
皆さん自営業なわけですから。
課題がぶれてしまうと積み上げにならないわけです。ぶれない課題を持てるといいな、と。


以下メッセージボード記述。
東京にて花村雅子が2014年9月に旗揚げをした演劇の「ユニット」。ユニットと言うからには、様々な方と一定期間で同方向を向いていきたい。向けるのかすでに壁。教育過程生育環境により、様々な感性が乱立している今、に、ほぼ有志、小劇場役者は何を持って何を提示するんだ。HPにはでかいこと書いてしまったけど。小劇場役者の勝負どころを誰だって探したいんだろう私もそうで、スキルが足りないのなら、もはや集中力しかなく、しかし、それさえ安定して提示できればプロであろう。しかし、やっぱり足りない集中力。姿勢を求めることもしなくなくなったら、反省も後悔もなく。兎に角、姿勢。見よう見まねでも、良いことを取り入れていく人とのユニットでShall we play.